たらればが、実現した日


今日は、あの人のお店のオープンだから、
幸運にもぼくの休みの日なのだから、
駆けつけるのだ。急ぐのだ。
先に妻が仕事にでかけ、
子どもたちを保育園に。
そうして、いったん帰宅して、
ちょっと迷ってから、掃除機かけて、
おみやげ文庫をつかんで小走りで駅へと向かった。


車中のとも。
長田弘アメリカの61の風景』(みすず書房


「門の向こう側」を読んで、ジョジョのことを思った。
ジョジョは第三部までしか読んでいないが、町の風景が鮮やかだった。
第四部以降で、アメリカの話もあったんじゃなかったかしら。
「あの向こうのほう」では、カポーティ『冷血』が気になった。
西カンザスオズの魔法使いって、カンザス出てこなかったっけ。


京橋で京阪電車に乗り換える。
長いエスカレーターに乗る前に、行先を再確認する。
守口市駅にて降りる。初めて降りる駅。
改札口がふたつある。ホームに立ち、
ラクタケータイで検索するも、
どっちの出口かは書いてない。


とりあえず、西口に出てみようか。
ケータイで地図を見ながら、なんとなく進んでいくと、
そこに黄緑色の看板が待っていてくれた。すぐには近づけず、
周りをぐるりぐるりと歩いて、もう一度改札の前を通過して、
再び看板の前に戻ってきた。路地に足を踏み入れる。
奥に駐車場が見える。ふと左手に、もう店があった。
窓辺に本が並んでいる。ドアはあいている。
山本さんに声をかける。こんちは。


どうやら、お客さん第一号になったようだ。


靴を脱いで、あがりこむ。友達の家に遊びに来たような、
気安い感じ。久しぶりに会ったのに、ことばを交わしながら、
目は本の背表紙に持っていかれ、指は本をいじっている。
まったく失礼な野郎だ。飲み物もごちそうになり、
いろいろお話を、というところで、ふたりめのお客さん。
幼馴染のおともだち、続いてさんにんめのお客さん。本屋さん。
みんなでわいわいおしゃべりしながら、ぼくはちょいちょい、
本を振り返ってしまっていた。あっという間に時間が過ぎてゆき、
営業時間は燃え尽きた。慌てて、何冊か、目にしていた本を買う。
ほんの言い訳のように、おみやげの文庫を渡す。


購入。たられば書店。
HAB本と流通―Human And Bookstore』(エイチアンドエスカンパニー)
村上春樹1Q84 BOOK 3』(新潮社)
長嶋有ぼくは落ち着きがない (光文社文庫)』(光文社)


たられば書店、初日に集ったお客さんと時間をともにできて良かった。
この幸福だけを抱えて奈良に帰ろうという気持ちと、
過去最高にマリ猫さんとこに近い位置にいるなぁ、
という気持ちとを抱えて、守口市駅のホームに立つ。
出町柳方面のホームに立っている。いいお天気だった。


寝屋川市駅で降りる。駅から直結のTSUTAYAに突撃するが、
レンタルしかなかった。外へ出て、本屋の方に入り直す。入って正面に、
見慣れたイラスト、POPが見えた。この店だ、間違いない。
ぶんこでいずが、そこここにある。熱い。想像以上に、熱い。
置いてある本は、当たり前だけど、よそでも置いてある本だ。
うちの店にもある本だ。それが、ものすごく熱せられている。
ところで、マリ猫さんはどこにいるのだろうか。


しばらくお姿見えずハラハラしたが、ツイタイムから推測した通り、
13時過ぎに標的発見、コンタクト成功。「てぃーさいとですか?」と聞かれて、
絶句。あ、T−SITEのことか、そうか、そういう立地か。いや、違うんです。
たられば書店なんです。秒刻みのスケジュールにアポなしで突撃したぼくは、
これ以上、立ちつくしてご迷惑をおかけするわけにはいかなかったので、
そうそうに背中を見せて退散。こそこそと購入本検討、決断、購入、
小走り強でギリギリ電車も間に合った。火傷した腕をさすりながら。


購入。TSUTAYA 寝屋川駅前店。
宮下奈都『誰かが足りない (双葉文庫)』(双葉社
宮下奈都『はじめからその話をすればよかった (実業之日本社文庫)』(実業之日本社


車中のとも。
長田弘アメリカの61の風景』(みすず書房

ロングホーン・カフェはいい店だった。パサディナにはなんどもゆき、そのときはロングホーン・カフェにかならず寄った。いまは、無くなってしまった。どこだっておなじなのだ。いいものが一番先に、無くなってしまう。(p.212)


そんなこと言ったら、残っている店は、
よくない店みたいに聞こえるじゃないか。
と、珍しく長田弘に反感を覚えた。普段は、
大好物の感傷的な物言いが、今日は、美味しくなかった。
確かに、好きだったお店は、いくつも無くなってしまった。
けれども、今もなお、ぼくを待ってくれているお店もあるのだ。
今日もまた、新しくお店が誕生したのだ。ときどきは、
無くなったお店を懐かしむのもいいだろう。
でも今は、あのお店に行くために、
ぼくは小走りで出かけたい。


5月は終わってしまったが、
すばらしい6月の始まりだ。