運動会では本を読まない

 

娘たちの運動会だった、小学校。

今日は、本は読まなかった。ふつうだ。

ふつう、運動会に出かけて、本は読まない。

あの時が、おかしかったのだ。

 

あの時は、2018年の運動会。

校庭で詩集を読む - とり、本屋さんにゆく

 

長女が小学校1年生だった秋、か。

今年、6年生の長女、やはりリレーがすばらしかった。

子どもたちが走る様子を見るためだけに運動会をするのは、

やはり、おとなのエゴだろうか。そうだろうね。

賢い人たち、「教育的なんちゃら」を考えて、

来年も運動会をひらいてください。

 

(ここで、運動会が嫌いな方からの説教、2時間)

 

購入。ベニヤ書店。

中央公論 2023年 11月号』(中央公論新社

 

「本屋さんの今」という特集目当てで買ったのだが、

思いがけず、『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか? (岩波ブックレット)』

著者田野大輔インタビューや、『庭のかたちが生まれるとき』*1の書評が載ってた。

 

桑木野幸司による書評を読みながら、この、

山内朋樹による庭についての考察(についての桑木野の文章)は、

まるで書店での棚作りについて言われているようだなー、と、思った。

実際の本はちょっと難しそうにも思えるのだけど、ちょっと読んでみたい。

山内朋樹サンは、ご存知、『ライティングの哲学』*2の著者のひとり。

*1:山内朋樹『庭のかたちが生まれるとき 庭園の詩学と庭師の知恵』(フィルムアート社

*2:千葉雅也、山内朋樹、読書猿、瀬下翔太『ライティングの哲学 書けない悩みのための執筆論 (星海社 e-SHINSHO)』(講談社

本棚を受け取ってから、はせしょ。

 

妻の友人が本棚を譲ってくれる、というので、

レンタカーを借りて京都まで出かけて行った。

想像していた以上に素敵なたたずまいの本棚を積んで、

さて、どうしようか。さっさと店に戻って設置するべきところ、

ついつい、「本の虫」が騒ぎ出す。DMで稔さんの出勤状況をお尋ね。

Google Map に「長谷川書店水無瀬駅前店」と入力してナビを開始。

 

そういえば、8月にはせしょを訪ねたときも、

友人に本棚を譲ってもらった帰りだった。あの日は、

稔さんはいなかったけれど、その分、棚を満喫して帰ったのだった。

今日は、どちらかというと、稔さんとおしゃべりしたい気分だった。

先月と同じように、水無瀬駅前のコインパーキングに車を停める。

今日は、一台分しか空いてなかった。危ない、あぶない。

 

阪急水無瀬駅の上に、秋の空。

この辺りに住んでいる人はうらやましいな、

といういつもの思いを胸に、はせしょの自動ドアの前。

入ってすぐ左の棚を眺めながら、焦らずに少しずつ、

はせしょの空気になじんでゆく。呼吸が深まる。

 

稔さんが僕に気づいて話しかけてきてくれる。

この辺りの「ご挨拶」もすっかり慣れたものになった。

ありがたいことだ。この辺りに住んでいる人は、

ほんとうに、うらやましい。

 

入り口入って右側の棚にもかじりつく。

新刊が多めだけれど、濃厚な人文書の背表紙が、

「僕ら、まだまだ現役ですけど何か?」と新刊偏重の脳を刺してくる。

『そうか、この辺りはまだまだ、棚に置いておいていいのですね』

と、励まされる。メモは取らない。(今はまだお客の気分強め)

運よく店長のお許しを得て、稔さんを借りてランチを共に。

 

かなり長い間、稔さんとのランチは「カウンセリング」のように、

僕の窮状を訴える機会でしかなかった。今日は違う。

まだまだほんの入り口ではあるけれど、

新しい仕事について前向きな話ができているのが嬉しい。

去年の今ごろを思うと、ほんとうに、信じられない。

 

はせしょに戻って、棚を見ながら、

ときどき稔さんと言葉を交わす。

この辺りに住んでいる人は、

ふぅ。

 

購入。長谷川書店水無瀬駅前店。

堀田季何『俳句ミーツ短歌』(笠間書院

東畑開人『野の医者は笑う 心の治療とは何か? (文春文庫 と 34-1)』(文藝春秋

月刊京都 2023年 10 月号 [雑誌]』(白川書院)

 

ひとり芝居をやった時に書いた「たんざく」が、

今なお、はせしょのあちこちに貼ったままになっている。

それが多少なりとも、稔さんのおしゃべりの助けになってるかもしれない、

というのが、とてもとても嬉しかった。

 

お会計時、レジの一角に「ほんの入り口」のショップカードを発見。

応援してもらっているなぁ、という喜び。

 

他のお客さんと稔さんが話し始めたタイミングで、帰ることにする。

いつまでも、話し続けてしまいそうだから。帰り道、運転しながら、

考え事でもしていたのだろうか、高速で違う道を選んでしまったり。

じんわりとした幸せと一抹の不安を抱いて、奈良を目指す。