遊ぶ子どもたち、かつての、今の。

河合隼雄と子どもの目: 〈うさぎ穴〉からの発信

 


少し迷ったが、結局、図書情報館へバスで。
全く読んでいない本を、この返しに行くバスでパラパラして、
返すの惜しくなって借りなおして「すっげー良かった!」
ってなったことも、一度や二度ではなかった、はず。
なので、ちょっとだけでも返す前に、
中身に目を通すのは無駄じゃない。


バスのとも。
河合隼雄河合隼雄と子どもの目』(創元社


冒頭、「読むこと・書くこと」でいろいろふむふむ。
ヒルベルという子がいた』、『モモ』、今江祥智
灰谷健次郎ケストナー、六歳の子の書いた詩。
それから、『海賊の歌がきこえる』のところ、
「小学四年生」、「観覧車」のところなど、
拾い読み。あー、もう一回、借りようか。


図書情報館に着いて、まっすぐカウンターへ行き、
借りていた本の返却と、河合隼雄の借りなおし。
次のバスまであとまだ20分くらいは、あるか。
『サボる哲学』から派生した気になる本、
検索しては棚に足を運び、見つけ、
あ、こんなのもある、てな具合に、
思いがけずけっこうな冊数が、
重なってしまった。


借りた。奈良県立図書情報館。
河合隼雄河合隼雄と子どもの目』(創元社

上杉忍『ハリエット・タブマン—「モーゼ」と呼ばれた黒人女性』(新曜社

篠森ゆりこ『ハリエット・タブマン: 彼女の言葉でたどる生涯』(法政大学出版局

栗原康『アナキズム――一丸となってバラバラに生きろ (岩波新書)』(岩波書店

栗原康『アナキスト本をよむ』(新評論

栗原康『はたらかないで、たらふく食べたい』(タバブックス)

植田実真夜中の庭――物語にひそむ建築』(みすず書房

金井雄二『短編小説をひらく喜び』(港の人)

 

小学校から上の子が帰ってきて、

お友だちを連れてきた。姉妹。

うちの姉妹と、4人の女の子。

あれやこれや、大騒ぎ、楽しげ。

 

自分はひとりっ子だったから、

当たり前だが、兄弟と一緒に遊んだことはない。

友だちの兄弟と一緒に遊んだ、というのも、

あんまりなかったかもしれない。

 

こっちに「連れ」がいないから、

友だちも兄弟連れでないのと、遊んだのだったか。

けっこう、ひとり同士のふたり遊びが多かった気がする。

4年生の頃は、やぎちゃんとばかり遊んでいて、

ドカベン』とか借りて読んだりもしたな。

 

雨は、それほど降らなかった。

このまま、もう降らないといい。

遠くで蝉の声がする。

眠い。

 

眠いほどの、平和。

幸せの、一形態。

読書と観光の往復書簡

観光のレッスン――ツーリズム・リテラシー入門

 

認知症の父親のことで、先日、

じぶんの構え方について妻に叱られた。

間違いなく、正面から向き合っていない。

「理由」は、あれこれと挙げられるだろう。

けれど、状況としては、ひとつだ。

 

正面から、向き合っていない。

 

『マンガ認知症』のことは、発売してすぐ知り、

実物をパラパラしたこともあった。想像していたのが、

どんなものだったか、微妙にその「想像とのズレ」を感じて、

買うに至らなかった。その後も、TL上での評判や、

新聞広告などで目にするたび、気になっていた。

 

まっすぐに帰宅するか、本屋に立ち寄って、

それを買うか、迷いに迷った。(←そんなに迷った?)

結局、本屋に向かった。本屋に行きたかっただけかもしれない。

『読書からはじまる』は、まだ売っていなかった。

 

ちくま新書の売り場で、こちらは無事、見つかった。

今日はもう、中身を確認するまでもなく、買うつもりで手にした。

そのまま、すこし移動すれば、プリマー新書の新刊。

自店にも入荷した『「自分らしさ」と日本語』を、

手に取る。関西弁を話す警察官のページ。気になる。

 

もう帰ってもよかった。そもそも今日は、

『マンガ認知症』だけを買うつもりだったのだ。

でも、せっかく来たのだから、と、検索機に、

タイトルを打ちこむ。実物を手に取れる機会。

 

『観光のレッスン』の在庫は3冊と出ていたが、

棚には1冊しか見当たらなかった。パラパラとする。

やはり、想像していたより、ワクワクしない。

ブックガイドも、パンチが弱い。やめようか。

 

でも、何かが気になって、もう一度、頭からパラパラする。

「観光」ということばを、ついつい「読書」に置き替えてしまう。

 

  まるで同じような『読書』を体験したとしても、

  そこにはさまざまな「違い」が生じます。

 

自由へのトレーニング、というのも、気になる。

観光が「自由へのトレーニング」になるかは、分からない。

そこまで、「観光」に関心は無い。けれども、読書が、

「自由へのトレーニング」になるとしたら、どうか。

 

この本がすすめる「観光」、その方法というか、身ぶりから、

「読書をすすめる身ぶり」のヒントを得られないかしら。

 

などと、いろいろと「買う言い訳」をこしらえながら、

頭の半分では父親のことを思っていた。父は、旅行会社で勤め、

引退後は何年か、短期大学の非常勤講師かなにかで、

「観光」の授業をうけもったことがあった。

 

父は、本も好きであった。

そんな父が私の本棚を見ながら、

「キミはいろんな本を読むんだね」と言った声は、

ちょっとからかうようでもあった。

この本を贈ったら、父は、

面白く読むだろうか。

 

帰りのエスカレーターで、自分の感傷に辟易しながらも、

この三冊の組み合わせは、なかなかに面白い化学反応がありそうだな、

という思いもあった。「観光」をナリワイとしていた父が「認知症」となり、

「自分らしさ」を見失っている。そのことを正面から受け止めきれず、

あわよくば「目をそらそう」としている自分へと「知ること」を促し、

「自分らしさ」を再検討し、自由になるための一歩めを探す。

 

購入。ジュンク堂書店難波店。

 ニコ・ニコルソン、佐藤眞一『マンガ 認知症 (ちくま新書)』(筑摩書房

中村桃子『「自分らしさ」と日本語 (ちくまプリマー新書)』(筑摩書房

 山口誠、須永和博、鈴木涼太郎『観光のレッスン――ツーリズム・リテラシー入門』(新曜社

 

今朝、読み始めた『チャリング・クロス』は、昼休憩時、

一気に読み切った。以前に読んだのはいつだったのか、

細部どころか、ほとんどのところを忘れ切っていたおかげで、

涙ぐんだり仰天したりの、すばらしい読書時間であった。

 

「手紙」が主題ではあるけれど、読書や、信頼など、

私にとって重要なことがひしめいていて、ふかくため息。

辻山さんの解説はもちろん魅力的ではあるけれど、とにかく、

本編がすばらしいから、旧版で読んだところでその読書体験は、

いささかも魅力を減じることはないだろうよ。(レッツ再読)

 

そうして、帰宅したところに、はがきが待っていた。

手紙を送り、送られることの喜びを知っていることは、

『チャリング・クロス』を堪能するために、

こちらは大いに助けになるだろうな。

 

メールでも、いい。

信頼しあっている相手と、ことばを交わすよろこび。

それは、生きている世界を確かなものにする試み。