バトンは誰に渡ったか。

田村はまだか


僕の尊敬する人が、実は本屋さんで勤めていることを知って、
というか、もしかしたら本屋さんで勤めていることを知ってから、
尊敬するようになったのだったか、その辺はちょっと定かじゃないが、
その人が、8月いっぱいで本屋さんを引退すると聞いて、すごく残念で、
とはいえ、一度もその本屋さんに行ったことがなくって、
せっかくだからその人が勤めているときに行きたいな、と思って、
たしか平日しか入ってないと言っていたから、今日が最後のチャンス。


とはいえ、もう29日だし、とっくに引退しちゃってるかもしれん。
なるべく期待しないようにして、お店に足を運んだ。初めて行く。
文星堂 GATECITY店。ゲートシティプラザの中で、
若干迷う。どこだ、本屋はどこなんだ。あ、ありました。
とたんに、その人が平積みの一山か二山を抱えて歩く姿が!


ああ、まだいたよ。間に合ったよ。
向こうからこっちへ来るその人が、僕に気づいた。
「どーしたの?!」


勤務中におしゃべりさせちゃ悪いなぁ、と思いつつも、
久しぶりに会ったもんで、しかも書店員してるとこだったもんで、
間に合っちゃったもんで、うれしくてたくさんおしゃべりしてしまった。
話の中で、朝倉かすみが話題に出た。『田村はまだか』の人だった。
朝倉かすみは全部置いてあるんだよね、あんまし売れないけど」
ああ、ここにも素敵な書店員さんがいるよ。もうすぐ引退しちゃうけど。


「買いますよ、俺」
レジが混むと、その人はレジへ駆けていった。
子どもに向かって、優しい声をかけていた。
その声は聞き覚えのある声だったが、
セリフは本屋さんのそれだった。
不思議な気分だ。


それほど広くない店内をぐるっと回る。
実用書や文芸書で、たくさん入荷しなかったのか、
少ない冊数で、けれど目立つように展示してある本が、
やはり魅力的で手にとってしまう。本屋さんの、アイですか。
彼が培ってきた本屋さん魂は、これからどこへゆくのだろう。
誰かの魂に燃え移っていくのだろうか。
(僕のたましいの行方は?)


気になる新刊。(既刊もあるデヨ)
ジョン・B・チョッパー父子手帖』(ビジネス社)
森見登美彦美女と竹林』(光文社)
読売新聞東京本社地方部内信課『東京の散歩道』(東京堂出版
片岡義男ナポリへの道』(東京書籍)
カート・ヴォネガット浅倉久志追憶のハルマゲドン』(早川書房
イエス小池漫画家アシスタント物語 (SUN MAGAZINE MOOK)』(マガジン・マガジン
マスキングテープの本』(主婦の友社
東京アートサイト―東京でいま注目のアートに出会える厳選サイト』(ギャップジャパン)


レジでその人に、『田村はまだか』を差し出す。
「1575円です」財布には漱石、いや英世だったかが一人。
まさか、ここにきてお金が足りないのかい!
と思いきや、ぎりぎりセーフ。あぶねぇ。
あとで数えたら、残り56円。あぶねぇ。


購入。
朝倉かすみ田村はまだか』(光文社)


16年、勤めたそうな。車中、勝手に感慨にひたる。
僕の人生で、16年間も続けたものなんて、なかった。
どうして、引退するんだろうか。いろいろ話を聞きたかったが、
今日のところは、おすすめの本を読むにとどめよう。