あの時も今も、それから

これから泳ぎにいきませんか: 穂村弘の書評集


ケータイを家に置いてきた。
今日は、かえって爽快さを覚えた。
慣れない書式の送品表を今日もいい加減にチェックして、
すぐに文庫を取りいだす。


車中のとも。
夏目漱石それから (新潮文庫)』(新潮社)

もし馬鈴薯(ポテトー)が金剛石(ダイヤモンド)より大切になったら、人間はもう駄目であると、代助は平生から考えていた。向後父の怒に触れて、万一金銭上の関係が絶えるとすれば、彼は厭でも金剛石(ダイヤモンド)を放りだして、馬鈴薯(ポテトー)に齧り付かなければならない。そうしてその償には自然の愛が残るだけである。その愛の対象は他人の細君であった。(p.190)


ポテトーにかじりつかなければならない。
いいじゃないか。ダイヤモンドにかじりつくよりは、
すてきだと思いますよ、ぼくは。そっちの方が美味しいだろうし。


プレゼント包装に手間取って、
休憩に出るのが大きく遅れる。お弁当を買って、
『それから』を読み継ぎながら、あわただしくかきこむ。
「十四」の手前まで読んで、売場へ戻る。


あれやこれや、やらねばならぬことが舞い降りてきて、
心は小走り、すっころび、それでも退勤するころには、
笑みが浮かんでいた。その喜びは、この先の航海の安全ではなく、
単に今日一日の無事を喜んでいる一船乗りのそれに過ぎない。


船長は、どこだ。


退勤して、妻に連絡もできず、
車中逃げ込むTLもなく、「十四」を読みだす。
近鉄奈良に着いて、階段を上りながらも読んだ。
柱のかげで立って読み続けてようやく、
「十四」をしまいまで読んだ。


代助の、三千代の、あの時の思い、今の思い。
これ、再読のはずなんだけど、12年前の感想が、
ほとんど思い出せないなぁ。あの時はあの時で、
いつかの恋を思い出したりしたのだろうか。


気になる新刊。
穂村弘これから泳ぎにいきませんか: 穂村弘の書評集』(河出書房新社
穂村弘きっとあの人は眠っているんだよ: 穂村弘の読書日記』(河出書房新社
岡田章宏『こだわりの一杯 おうちで楽しむ極上コーヒー (NHKまる得マガジン)』(NHK出版)
内田樹内田樹による内田樹 (文春文庫)』(文藝春秋


穂村弘の新刊、これは、2冊で対になっているのだね。
装丁もすてき。2冊同時に買いたくなる。なかなかのお値段。


穂村弘に対しては、若干のやっかみ、嫉妬を覚えたことがあって、それは、
昔好きだった女の子が付き合ってた男に言われたことで、その言い方が、
「まるで穂村弘に嫉妬してるみたいだった」というのが、うろ覚えの、
その原因らしき出来事なのであるが、そもそも他人の嫉妬だし、
又聞きだし、10年以上も前の、そうしてその女の子とも、
もう二度と会わないだろうという今に至っては、
複雑な感情を持ついわれなど全くない。


にもかかわらずいまだに、
彼の本を買おうとすると少なからずひるんでしまう愚かさはどうだ。
この、恋愛関係の中で男の嫉妬の対象として穂村弘が登場する、
という話は、誰か穂村弘以外の人のエッセイでも読んだような気もするが、
僕が実際に聞いたことはそれとは別に確かにあったはずなんだがちょっと自信がない。


そんな「ゆるアンチほむほむ」な僕ですら、そのねじくれた思いと、
財政難をおしてまでやすやすと2冊買いに走りそうになる、
この穂村弘の単行本、ダブルリリース。
僕の代わりに、誰かはよ。(←なぜ?)