デートで舟を漕がないで

街場の文体論


つづきはまた、明日。とか言いながら、
ゆうべ歯磨きした後、読み進めてしまった。
寝不足になっちゃう、いかんいかん。
バルトとエクリチュールの話、面白い。


「日本は知的に非階層的な社会であってほしいと願っている人が
少なからず存在する」(p.140)という指摘が面白い。
フランスには、そういう人、いないのかね。
バルトのエクリチュールの話を簡単に解説したものを、
フランス人に送りつけてやったら面白いのに、と、
思ったんだけど、そういう需要自体が存在しないのか。


第9講の「『宛て先』について」というのもスリリングな講義であった。
「このメッセージを受信したのはあなた一人だけである」という部分は、
ゾクゾクしますなぁ。赤ちゃんと母親とのメタ・メッセージの送り合いも、
感動的。僕は父親だけど、「あなたがいて、私はうれしい」と語りかけよう。


車中のとも。
内田樹街場の文体論』(ミシマ社)


ゆうべの夜更かしがたたってか、電車のなかでは、
睡魔に襲われてしまう。悲しいことに完全に眠るには至らず、
舟を漕ぎながらもページが進んでしまう。こんなおぼろな意識で、
面白い本を読み進むのは悲しすぎる。好きな女の子とのデートで居眠り、みたいな。


「文法・音韻が日本人の行動・思考にどう影響しているか」という問いが面白い。
表意文字表音文字を併用している地域って、日本以外にないのかしらね。
258ページまできて、電車は新大宮駅に到着。このブログを書きながら、
259ページまで読み終える。

日本人はこの二重言語構造によって深く、決定的に呪縛されている。(p.259)


ああ、もう間もなく読み終えてしまうじゃないか。
この本、ほんとうにちゃんと着地してくれるのかしら。