詩や歌や自転車や

詩とことば (ことばのために)


今日は、小雨振る中、自転車で出かけた。
春、自転車をこぐのは、とても気持ちいい。
いろいろな植物の匂いがする。


読了。昨日、風呂で。
荒川洋治詩とことば (ことばのために)』(岩波書店

自分のために詩を書く時代は終わった。詩の全体を思う、思いながら書く。そんなやわらかみを持った詩を構想する必要がある。(p.153)

自分の詩が読まれたいという気持ちは誰にもある。読まれることはたしかにうれしいこと。でもほんとうに詩は、読まれていいのだろうか。読まれることはむしろこわいことではないのか。読まれてしまったらおしまいではないか。(p.136)


ぼくは、ぼくの生活のなかで、何ができるだろうね。
風呂につかりながら、荒川さんの文章にうなるほかに何が。
「ことばのために」シリーズ、ほかのも読みたいなぁ。


拾い読み。
穂村弘世界音痴』(小学館

「この世は一度きり」だからこそひとりの人との<親密さ>を大切に生きるのだ、と云う天使の声は、この<ときめき>を見逃したら死ぬときに後悔するぞ、と云う悪魔の声に消されてしまう。
<親密さ>をそっくり残したままの、恋の終わりは苦しい。(p.78)

答えなどない隣りあう人生を
 だれかれ迷いつつ白つつじ


カチカチカチカチカチカチメール打つ
 ぬくもりだけを彼にあずけて


「まだ君はプリンを食べているのかね それとも」
「さよなら また会う日まで」