何も見えなくて、冬

あれはまだ、棚卸しよりも前、年越しよりも前、

2020年12月頭、例によって長谷川さんにあれこれ弱音を吐きながら、

1月に段ボールパフォーマンスをやらせてくれないか、と、

おうかがいを立てたのが始まりだった。

 

繁忙期を過ぎ、年が改まり、棚卸しも終わり、

心身ともにぼろぼろになっていた私に残っていた希望。

それが、この段ボールパフォーマンスだった。

いま思っても、なかなかに絶妙なタイミングの救済設定。

 

今回は感染予防策として、箱に入ったままのパフォーマンス。

役者の身体は、箱の中にあって見えない。それを「ひとり芝居」と、

名指せるものなのでありましょうか。そんな揺らぎも楽しめる、

長谷川書店という森のふところの深さを存分に味わう。

 

これほど安心しきって「本番」の舞台へ向かうことはなかった、

などと油断しきって駅そばのコンビニへ寄ろうとしたときに、

財布を置いてきたことに気がついた。ゆうべ、ネットで予約した、

特急の出発時間は迫ってきていたが、小走りで家へ戻る。

 

帰宅して、特急予約の取り消し。そして、財布の入った小鞄を持ち、

再び、家を出た。リュックサックの中には、紹介したい本やら、

「ベル」やらがつまっている。長谷川さんにも、詫びのメッセージ。

今回こそは早めに到着して準備するはずだったのではなかったか。

 

近鉄特急車内でお客さんへのメッセージを書く。

かつてないほどに、ギリギリの執筆。

島本町のコンビニで、挨拶文をコピー。

これは毎回の作業、そしてタイムロス。

 

店に着くと、稔さんは開店の準備。店頭に貼ってあるポスターに、

頭を下げる。店長さんにご挨拶して、さっそく箱の前に立つ。

長谷川さん特製の段ボール空間に、身を投じる。

 

この狭さが、いい。箱内での身動きなど確認して、

一度、箱から出る。勢いにまかせて、POPなど作成。

コピーしてきた挨拶文などを長谷川さんに切ってもらう。

 

10:55、箱に入る。想像以上に、「始まり」が困難。

狭い箱の中で身をよじって、懐中電灯を首に挟み、

ウララトートの中ならムーミンの文庫を取り出した。

冒頭の部分を、声に出して読む。ゆっくりと、読む。

 

スナフキンは旅だった。雨も降りだした。

空気は少しずつ、温まり始めたけど、やっぱり、

新しい展開に転がるにはもう少し時間が必要で、

『病と障害と、傍らにあった本。』から、

坂口恭平のところを、読む。リフレイン。リフレイン。

調子が出てくる。「演劇」が香ってきた気がした。

 

ベルが、鳴った。

ベルを、ありがとうございます。

 

箱から出ると、トリイファミリー。

なんともかわいらしい息子氏。近況を、

あれこれとことばにしたような気もするが、

何を話したのだったか。ただ会えただけで、

喜ばしい。

 

稔さんと、ゆっくりランチ。

本棚の間をゆっくり散策。

 

14:55、再び箱に入る。

 

午後の部は、お客さんの笑い声も聞こえてきたり、

また違った感触を得ながら、箱の中の時間を楽しむ。

 

ベルが鳴る。涙ぐむことさえあった。

 

放課後、本を2冊購入。なんとなく物足りない気持ちのまま、

稔さんと「打ち上げ」に行く。本日二度目のゴーさん。

稔さんが仕事に戻ったあとにも、途中合流してくれた奥村さんに、

感想やらなにやら、いろいろとお話を聞かせてもらった。

 

店に戻って、もう一冊。いつまでも名残惜しいが、

明日はまた、勤め先の棚を耕さねばならぬ。

さらば森よ、また会う日まで。

 

購入。長谷川書店水無瀬駅前店。

 川原真由美『山とあめ玉と絵具箱』(リトルモア

澤田智洋『ガチガチの世界をゆるめる』(百万年書房)

ウチダゴウ『鬼は逃げる』(三輪舎)

 

 

今回は、ずっと箱の中におり、

ほとんどのお客さんとご挨拶することはなかった。

けれども、真っ暗な箱の中で聞こえたベルの音、笑い声が、

いつも以上に、私の人生を温かく励ましてくださった気がします。

 

ご声援、ご来場、ありがとうございました。

長谷川書店の皆さん、水無瀬の皆さん、ありがとうございました。

 

またいつか、どこかの本屋さんで、お目にかかります。

それまで、それぞれの森で生きのびましょう。

 

 

「何も見えなくて、冬 とり、こりずにはせしょでひとり芝居」

日時:2021年1月24日(日)11時、15時

場所:長谷川書店水無瀬駅前店(大阪府三島郡島本町水無瀬1-708-8)

料金:無料