さよなら、ぼくのブックストア

村上春樹 翻訳(ほとんど)全仕事


今夜は久しぶりにリハに顔を出す。
まだ披露できるほどになっていないので、
一夜漬け的な通勤煮込みで作品メモにかかりきり。
鞄の中には、参考資料にできそうな新書と、
おととい買ったままの古本文庫があるが、
手に触れることすらなかった。


勤務中は、もちろん、書店員として存在する。
けれど気になる新刊があれば、すぐに客としての自分が目を覚ます。
村上春樹の翻訳についての新刊が入荷したらしいと知って、
文芸ブックトラックをなんとなく探ったりする。
予想外のA5ソフトの背表紙をちらっと見て、
購買欲が低下したのを感じた。なぜだろう。


先送りしていた仕事をするすると片づけたり、
また新しく先送りしたりしながら、今日は早めに退勤。
ふと、面陳された春樹新刊の顔を見たら、欲しいと思えた。
手に取って、パラパラ。カラーの書影が並んでいる。買おう。


購入。
村上春樹村上春樹 翻訳(ほとんど)全仕事』(中央公論新社


心斎橋に出る。お腹が空いている。
こないだ、スタンダードブックストアが地階だけの営業になる、
という噂を聞いた。もしかして、今日、すでに改装休業中かもしれない。
コンビニの横、地上階の扉は開いた。まだやっているようだ。
エスカレーターで地下へ潜り、そのままカフェへ突入。
何か違和感を感じると思ったら、カフェスペースと、
本屋スペースを区切る壁だったか棚だったかが、
無くなっていた。スカスカしている。


いつものオムライスを食べてしまうと、
送品表の裏にノートから台詞を書き写していく。
自分のシーンの締めくくり方に、少し、新しいアイデアを差し込んだ。
外へ出ると、しっかり夜になっている。口の中でぶつぶつ言いながらスタジオへ。


リハ。
与えられていた時間を大幅にオーバーしていた。
でもまぁ、骨組みはだいじょうぶそうで一安心。これから、削っていく作業。
それにしても、疲労困憊。久しぶりだったし、詰め込みすぎて長くなっていたし、
何より、必死だったからだろう。いつもより遅くなっていたが、
2フロア営業を味わえるのは今日が最後だろう。
もう一度、ブックストアへ身を投じる。


さっきは気がつかなかったが、
すでに改装への準備はかなり進んでおり、いくつもの棚は空にされ、
場所によっては本を載せていた什器すら撤去されていた。
作業現場の荒々しさが感傷に浸ろうとするぼくをどつき、
よろよろと棚のあいだをさまようしかなかった。
なかなか、買いたい本を選べない。


身勝手なセンチメンタルに見合った本が見つからない。
雑貨だけでもいいかと、ハガキを一枚選んだ。すると、
ちょっと身軽になれた気がした。そういえば、あの本はあるだろうか。
今まで見ていなかった方へ足を向けて少しだけゆっくり棚を眺めた。
あった。そして思い出した。まだ、未読本のブクブク交換会の日の記事は、
あげられていないのだった。これをきっかけに、近日中に、と。


購入。スタンダードブックストア@心斎橋。
屋敷直子東京こだわりブックショップ地図 (散歩の達人POCKET)』(交通新聞社


店内にあったポスターの文章を読んだ感じでは、
新しいステージへの移行として、あくまで前向きな縮小営業のつもりみたいだった。
だから、ほんとうに、僕個人の、くだらない感傷に過ぎないのは分かっていたのだが、
店を出てから、地上階の入り口をガラクタケータイで写真に撮らずにはいられなかった。
大好きでした。ありがとう。さようなら。


不完全燃焼のセンチメンタルを持て余して、
鞄の中の4冊の本も持て余して、iPod で世田谷ピンポンズを聞く。
大和西大寺でたくさんひとが降りて、ぼくの座っているシートには、
ぼくと左隣の女性だけになった。その人が動かなかったので、
ぼくらはそのまま近鉄奈良まで並んで座っていた。


帰宅。妻子は眠っている。ブログを書かずハガキを書いた。
東京の書店で一緒に働いていた友人に書いた。
世田谷ピンポンズを知っているかと書いた。


腹が減っているような気がしたが、
空腹感覚にさえ、自信がなくなっていて、
麦茶だけ飲んで寝ることにした。