ある書店員の一夜

illustration (イラストレーション) 2014年 06月号 [雑誌]


風邪が抜けきらない娘を置いて、
出かける。『今夜は書店員ナイトか』と、
せめて黒い靴を履いて出る。上着やズボン、
鞄が、すべて似たような色で、どうにも、
敵の目をまぬがれようとしているトカゲみたいな。


TLでガルシア・マルケスが亡くなったことを知る。
大学の先輩の卒論が、ガルシア・マルケスだったのではなかったか。
メールしようかとも思ったが、自信がなかったので、やめた。


車中のとも。
松井祐輔『HAB』(エイチアンドエスカンパニー)
本屋鼎談を読み終えて、延長戦へ。延長戦があるのって、すごく嬉しい。
p.63-64の語り手は、松井さんなのだろうか。


きちんと仕事を終えて退勤できるようにと、
早めに出勤しようと思っていたがかなわず。
雑誌の入荷数が、それほどでもなかったのがせめてもの救いか。
小さな段ボールに、村上春樹の新刊の書名が見える。
小さなつづら。


うちの店は、文芸書を購入するお客さんが少ないと思っていたが、
午前中、3冊ほど、村上春樹の新刊を売る。本屋で働いていても、
案外、まじまじと本の姿を見ることができなかったりする。
この本も、レジを打ちながらちらっと視界をかする程度で。
なんとなく、雰囲気のいい絵が表紙に使われているような。


雨は、もう降っていないようなので、職場に傘を置いて出る。
ツイッターで、「荷物は少なく」とか書いてあったのを読んだから。
トカゲは丸腰で、心斎橋へ。地上へ出ると、ケータイの肌に、
雨粒が。もう降らないんじゃなかったのか。早足で、
スタンダードブックストアへ駆け込む。


カフェで少し本を読もうかと思っていたが、
さすがにイベント準備で早仕舞していたので、
ぶらぶらと店内を見て回る。今日は、参加者がとても多いそうな。
なんだか気分が落ちてくる。仕事の疲れもあるのかもしれない。
帰りたいな、という気持ちさえ浮かんでくる。取材のテレビカメラも、
なんというかごつごつした凶器に見えて、こわい。


気になる新刊。
ケトルVOL.18』(太田出版
村上春樹女のいない男たち』(文藝春秋
illustration (イラストレーション) 2014年 06月号 [雑誌]』(玄光社
川端誠槍ヶ岳山頂』(BL出版


『ケトルVOL.18』特集は、「旅に出たら本屋に行くのが大好き!」
奈良は豊住書店が載っている。あの、文字の欠けた看板の写真も!
『illustration (イラストレーション) 2014年 06月号』
特集は、「ビューティ&キュート+セクシー」。
表紙は、白根ゆたんぽ。かわいいけど、ちゃんとエロい。
なんか不思議な絵だな。


妻から電話があり、いったん店の外へ。
娘の様子を聞いて、そのまま外で開場を待つ。
なんだか、人が溢れている。書店員ナイトに集った人たちだろう。
どんどんとアウェイ感が募っていく。何年も前に、
東京での書店員ナイトに行ったときのことを思う。


お店から出てきたモリグチさんとご挨拶。
少なくとも今回は、知っている人がいるな、と思う。
会場に入って、飲み物を選ぶ。グレープフルーツジュース
中川さんと石川さんが、乾杯の音頭。スナガワさんにもご挨拶。
食べ物を確保して、とにかくつめこむ。空腹に、
センチメンタルが育ちすぎないように。


BACHの幅允孝さんが、中川さんに呼び出されて、
前に出てきてお話している。ブルックリンパーラーが、
この近くにオープンするそうな。紙皿と紙コップを始末して、
人ごみの中で立ちつくしていると、西加奈子津村記久子トークショーが始まる。


溢れかえる後頭部のかげからちらつくふたりの頭を見ながら、
トークに耳を澄ます。マイクの加減か、しゃべり方のせいか、
西さんの声ばかり聞こえてくる。西さんのお話は、とても面白い。
面白いことをしゃべっているのだけれど、そこここに気配りを感じる。


途中で、背の高いスーツの男たちが知り合いに声をかけるために、
人をかき分けて前の方へ進んでいった。彼らには、
自分の顎より低いところに頭頂部がある人間のことは、
蟻ほどの存在感も感じていないのだろう。そのあとも、
ぼくの前に立ったり、去ったり、また戻ってくる白髪交じりの男に、
不愉快な気持ちになりながら、立っていた。こういう不満を抱えたまま、
しかも、その不満の対象が誰かの知り合いかもしれない微妙さに耐えかねて、
会場の後方に逃げ出した。スナガワさんが、そこにいた。


スナガワさんやモリグチさんにかまってもらいながら、
何人か、ご紹介いただき、ことばを交わす。ビールを補給して、
厭世的な気持ちを臓物のかげにしまいこむ。食べ物を食べる。
見たことあるような人の顔を盗み見る。そろそろ帰らねばならぬか、
というころにようやく、北村さんのトークが始まった。
「Re:Sの竹内厚さん×スタンダードブックストアあべのの北村知之トークショー


旧知の間柄のせいか、とてもリラックスした感じで、
穏やかに会話が転がっていく。ふと気が付くと、
トークを見つめている聴衆の顔が真剣すぎて、
勝手に苦笑い。(←誰目線だい?)


北村さんの来歴、現状、これから、文章にはしにくそうな、
微妙なニュアンスがにじみ出ることばの数々。はー、と息をつく。
スナガワさんが「帰りますね」と声をかけてくれた。そんな時間か。
最後までトークを聞き届けてから、モリグチさんにご挨拶して、
外へ飛び出す、大阪難波まで小走り。思いがけず早めの快速急行


車中のとも。
松井祐輔『HAB』(エイチアンドエスカンパニー)
「まちをのこすのに本ができること」読む。
小林弘樹さんの体当たり感、すごいなぁ。
グーグルマップで「新潟 印刷」って検索して、
印刷所を探すって。ひとつひとつ、最初から。


「本屋を続けていくために」本の店栄進堂諸橋武司。
「大半の書店は作業で終わってしまっているわけですよ」(p.97)
という記述に、頭をこづかれた気分。うー、む。


奈良について、夜道を歩きながら、
よくまとまらない思いを手のひらで転がしている。
明日もまだ、新刊がお店にやってくる。
そいつらに会いに行く。


いつまでやってくるのか、そいつらは。
いつまで会いに行くのか、ぼくは。