ロスタイムに守るポジション

246 (新潮文庫)


あなたは、どこを守ってますか?
本文の文脈とは関係なく、刺さってくる文章、というのがある。
僕はどこを守ってるのだろう。家庭、雑誌売り場、しなびた好奇心。
視線はページを離れて中空でしばしさまよう。


車中のとも。
沢木耕太郎246 (新潮文庫)』(新潮社)

するとホキさんが私に訊ねてきた。『どこを守ってるの?』(p.348)


そのまま電車に乗って本を読みつぶし、仕事や人生も引き裂いてしまいたい。
とは思わないまでも、「俺はこのまま降りずに読み続けるつもりか?」って自分で不安になるくらい、
ドアが開いたのに座ったまま読んでるときが、ある。ごくごくまれに。
おおげさに言えば、相手のパンチが止まって見えるボクサーみたいな。


気になる新刊。
佐藤文香俳句を遊べ!: コ・ト・バ・を・ア・ソ・ベ!Vol.1 (小学館SJ・MOOK コ・ト・バ・を・ア・ソ・ベ! Vol. 1)』(小学館


「そのうちあなたにもやってもらうことになる」
と言われて、そうだろうか、と首をかしげる
僕にはもう、そんな時間は残されていないように思う。
試合終了の笛は、審判の唇でじっとその時を待っているように思う。


車中のとも。
沢木耕太郎246 (新潮文庫)』(新潮社)

余分な説明が不要な会話は、凄まじいスピードで最も固い岩盤まで掘り進められていってしまう。(p.424)


話の合う人との会話で、怖いくらいの速度で展開する、
という経験は、僕程度の人生でも、1度か2度は、
あった気がする。そういう経験を繰り返していると、
人間にも「脱皮」できたりするのかもしれない、とか思う。


七月十八日の文章、よかった。「深夜特急」の旅と、その後のエピソード。
一月十日から始まった『246』も、半年が過ぎた。夏だ。
1986年の夏だ。渋谷に「旭屋」と「紀伊國屋」があった夏だ。
2006年の夏は、冬と春のせめぎあいの向こうで気配を消している。


夕飯を食べながら、妙に機嫌がよい自分に気づく。
「とり本屋」の一本でも書こうかと思ったけれど、
続きを読んでしまいたくて、洗い物を残したまま、
文庫を読みふける。


読了。
沢木耕太郎246 (新潮文庫)』(新潮社)


休みの前の日は、つい夜更かししてしまう。
それを、注意深く、避けること。わたしの休日は、
基本的に、連休ではない。翌々日には、また、
朝から出かけなくてはいけない。それほど、
じぶんの肉体を過信してはいけない。
特に、なんとなくな夜更かしは、
その後の平日の「機嫌」を、
損ねる危険性しかない。


なんとか、日付が変わる前に就寝。