学びつつあれ

OZ magazine (オズ・マガジン) 2010年 11月号 [雑誌]


気をつけていたのに、傘を持っていかれた。
ビニール傘とはいえ、何か、嫌な気分。
残された僕のではない傘を差して帰る。
その傘は、僕の傘を持っていったヒトのでは、
ないのかもしれない。僕の後ろで、
僕の今、差している傘を捜しているヒトが、
いるのではないか、という不安を胸に。


車中のとも。
内田樹武道的思考 (筑摩選書)』(筑摩書房

 ヴォーリズ建築の「仕掛け」の原理は「扉を開けなければ、扉の向こうに何があるかはわからない」ということである。
 私はこれを「学びの比喩」と呼んだのである。
(p.137)


扉を、開けていくヒトでありたいね。

ヘーゲルは「鬼神を祀る儀礼」を「学びのおおもと」に据えた『周礼』や『論語』の智者とそれほど違うことを言っていると私は思う」(p.142)


とあったが、「それほど違うことを言っていない」の
間違いではないのか?ということが気になって、
行ったり来たりしたり。結局、不明だが。


こないだN先生と話していて、亡くなった知人に対する自分の「感情」が
よく分からない、という話をしたのだが、僕はたぶん、
「鬼神を祀る儀礼」を知らなければならないのだろう。


購入。
OZ magazine (オズ・マガジン) 2010年 11月号 [雑誌]』(スターツ出版