木村俊介の『インタビュー』は濃い(断言)

月刊MdN 2017年7月号(特集:ベストセラー本、そのデザインの理由)


土日の疲れが出て、
ゆうべは家事ゼロで寝てしまった。
今朝は、おかげで少し早く起きられた。
せめてゴミ袋をもって家を出る。
いつもより一本早い電車。


なんとなく、本を取り出せずに、
送品表をしまった後、TLをさかのぼっていく。
ゆうべ充電ができなかったので、ガラケーの息も絶え絶え。
思いがけず、木村俊介さんのツイートに、
自分のことのような記述が現れ、動揺。*1


通勤中の読書を大事にせず、
TLをさかのぼってます、現在!


乗換え後、昨日差し掛かった第2章を、
もう一度、頭から読みなおす。


車中のとも。
木村俊介『インタビュー』(ミシマ社)

ウェブやSNSといったものがなかった時だって、たとえば「短くいいきる言葉で知ったようなことを押しつける」だとか、「どこかに記されていることをコピーしてペーストするようにマネして複製する」だとか、「現実の人やものごとにじかに出会わず、情報を浴びているだけで時間が過ぎていく」だとかいう動きは散見されたとは思う。だから、ことさらに現代ならではの言説とばかりいいつのるつもりはないが、それでも、ネット時代といえるぐらいのいまの情報社会においては、「短い断言が多く、ウェブを介したコミュニケーションが多い世の中だからこそ、生身の人に会って長く話を聞くことが問い直されている」とも感じられるのではないだろうか。(p.168)


短い断言が多い、という認識はなかった。
言われてみれば、そうかもしれないが、そういう指摘自体も、
あまり読んだことがなかったような気がする。自分も、
短い断言をしているだろうか、どうかしら。


僕の場合は、もうちょっと、断言したほうがいいんじゃないかしら。
いや、断言できるだけの、考察を経たうえでの発言、というか。
「かしら」とか「気がする」とかうやむやな感じにして、
無責任に吐露することしかしていない気がする。(←!)


気になる新刊。
MdN編集部『月刊MdN 2017年7月号(特集:ベストセラー本、そのデザインの理由)』(エムディエヌコーポレーション


雷蔵さんのツイ*2で気になったので、昨日入荷済みのこいつを、
パラパラとしてみる、うぅ、確かに気になる。うん漢について、
こんなに早く雑誌で取り上げてるのって、すごいな。
え、すごくない?すごいよ。(断言してみた)


帰りは、通勤中の読書を大事にして、
ぐいぐいと読んでいく。ぐいぐいと読むのではあるが、
木村さんの文章は、濃い。濃すぎる。なんというか、ココアの粉を、
ちょくせつ口にしているような感じだ。読者ひとりひとりが、
自分の人生から牛乳なり、お湯なりを持ちよって、
それぞれに適した濃さに調整して読まないと、
むせてしまうよ。


あるいはこの本は、コーヒー豆みたいだとも言えるか。
香りはいいけど、そのままじゃ飲めない。挽いて、湯を沸かして、
淹れて、自分の人生を通してみないことには、単に香りのいい、
かじると苦い豆みたいな。でも、編集はされている。焙煎は、
ミシマ社さんでやってくれた、という感じなのかな。


焙煎した編集者のことばは、こちら。
「単行本に載らない編集後記」:http://www.mishimaga.com/interview-kimura/002.html