ある秋のはじまりの日の読書

忘れられる過去 (朝日文庫)


ゆうべは9時過ぎに寝たのに、
なかなか起きられずに急いで出勤。
予想以上の荷物の量に心身ともに削られる。


ただ、もう少し早く起きさえすれば、
このダメージは全くのゼロにできたかもしれない。
本屋さんの未来は、早起きにかかっているのかもしれない。


単純に労働時間を長くすればよいのではなく、
タイミングを前後させることで、なにか、
夢のような奇跡が起きるのではないか。


そんな、寝ぼけたことを思う頭蓋骨には、
やはりまだ、うっすらとめまいが立ちこめている。
午後に、読み聞かせ。ひとによっては、「無駄な時間」と
感じそうなこの時間こそ、嬉々として生きてしまうぼくは、
何か自虐的な嗜好があるだけなのかもしれない。


誰彼かまわず泣きついて甘えてしまいそうな衝動をほほの裏に張りつけて、
けっきょく我慢できずにバックヤードで先輩に弱音を吐いてから、退勤。
待ち合わせのお店で、残っていたこいつを読み干す。


読了。
片岡義男鴻巣友季子翻訳問答 英語と日本語行ったり来たり』(左右社)


「おわりに」のパートも、そうとう濃いやり取りだった。
よくある「本書のなりたち」みたいな解説ではなく、
問答のままの「おわりに」を読み終えても、
ふたりはそのままいつまでも語り続けているような。


英語を使う友人に、読み終えたばかりの『翻訳問答』を託す。
どんな感想が聞けるか、楽しみだ。


久しぶりに心斎橋のスタンダードブックストアに立ち寄る。
少しずつ棚が変わっているのだが、その変化の途中、
ちょいちょいあちこちの棚に本のない状態になっていて、
それを見つけるたびに、「そろそろ閉店するのかも」と、
こころがヒヤリとしてしまう。なかなか閉まらない。
安心はできない。


今日は、妻に頼まれていた本を見つけた。
特に本読みでもない妻のリクエストは、たいていちょっと前の刊行のもので、
ぼくがふだん足を運ぶ範囲の「ふつうサイズの本屋さん」では、
なかなか見つけることができない。スタンダードブックストア@心斎橋では、
前にも一度、そういう本を見つけたことがあった。


たまたま妻好みの本が得意である、ということもあるだろうけれど、
よそで見つからない本が置いてある、というのは、とてもありがたい。
少し足をのばせば、少し毛色の違う本を置いてある本屋さんに行ける、
というのは、とてもありがたい。東京からは離れたけれども、結局、
「本屋さんに恵まれた都会生活」の恩恵を受けて生きているのだなぁ。


閉店時間を気にしながら、帰りの「車中のとも」を物色する。
翻訳つながりで、一度は柴田元幸の『代表質問』*1を手に取るが、
何となく気が進まない。なぜだろう。絶対に不可能なんだけど、
帰りの車内で読み干せるくらいの手軽な本を欲している気がする。
(そういえば、最近、手に持って軽い本に、強い好意を覚えるな)
上の方の棚に複数冊面陳してある文庫版の『忘れられる過去』を手に取る。
「文庫版のあとがき」に目を通す。これにしよう。


購入。スタンダードブックストア@心斎橋。
吉本由美列車三昧 日本のはしっこに行ってみた (講談社+α文庫)』(講談社
荒川洋治忘れられる過去 (朝日文庫)』(朝日新聞出版)


車中のとも。
荒川洋治忘れられる過去 (朝日文庫)』(朝日新聞出版)


まずは川上弘美の解説を読む。ゆっくりとした文章。
荒川さんの文章も、とてもゆっくりしていた気がする。
心地よい速さで、荒川さんの文章を紹介している。
大好きなみすず書房版のこと*2を思い出す。
幸福な記憶。この文庫版も好きになれるだろう。


大好きになれるかどうかは、お楽しみ。


最初の文章「たしか」を読む。柳田國男の引用が散らばっていて、
よく知らない地名ばかりが続く。息が浅くなる。苦しい感じがする。
ぐっと堪えてページをめくれば、改行が続いて余白が現れる。
視界の左側にはさらに広大な余白が感じられる。
励ましてくれているように。もう、すぐにこの文章たちは、終わる。


ふたつめの文章「会っていた」を読む。
見開き1ページの短い文章に、ぴたりと本を読む喜びがおさめられている。
「会っていた」というタイトルは文中には出てこない。
「出てこなかったな」と思ってタイトルを確認して、
最後の文をまた読み直す。行ったり来たりする。


三十分足らずの車内読書のあいだに、13の文章を読んだ。
ひとつひとつの文章がとても短いので、何冊も読み終えたような気分になる。


帰りの道で、やっぱり寒い、と思う。
もう、半そではやめにしようと、昨日だったか、
考えたはずなのに、朝ねぼうしてしまって、
いつもの習性で半そでを着てきてしまった。


今、こうして考えても、その年、初めて長袖を選ぶのは、
ちょっと気うつな感じがする。月曜には、長袖を着られるだろうか。