「寝る前文庫」のことなど。

神様のいる街

 

ゆうべ、寝る前に何か読みたくなって、

「寝る前に読みたい本」というのは、一定の範囲で、

なにがしかの傾向を読み取れそうなものであるけれど、

僕にはそういう「寝る前文庫」みたいな常備棚は無く、

その都度、本棚の前で無為に過ごすことも多い。

 

ゆうべは幸運にも、いいやつを手にして、布団にもぐりこめた。

 

吉田篤弘神様のいる街』(夏葉社)

 

『神様のいる街』は、再読。

初めて読んだときは、たしか、仕事の前に、

朝飯をとるサンドイッチ店で一気に読んだのではなかったか。

→輝く他人の青春記:https://tori810.hatenablog.com/entry/20180503

 

その時に、さっと読み干せた記憶があったので、

暗がりの中でも臆せずどんどん読み進むことができた。

「寝る前文庫」の条件は、特に明文化したことはなかったけど、

拾い読みに耐えうる「小粒でもぴりりと辛い文章」を含む本、

というのが挙げられるんじゃないだろうか。

 

一冊をサッと読み干せる本なんて、そうそうないけれど、

拾い読みでなく、一冊全部読めるにこしたことはない。

それが無理ならせめて、ひとかたまりの、「読了感」を味わえる、

のど越しのいい文章が含まれてあって欲しい、という。

 

そうそう、ここ半年くらいは、荒川洋治の、

霧中の読書』(みすず書房)が「寝る前文庫」だったのだ。

それは、ゆうべの何時ごろだったか、読み終えてしまったのだ。

荒川洋治×みすず書房のエッセイは、「寝る前文庫」に最適だろう。

 

他にどんな本が挙げられるだろう。

思いつくままに挙げてみよう。

 

冬の本』(夏葉社)

山本善行『古本のことしか頭になかった。』(大散歩通信社)

エーリッヒ・ケストナー、小松太郎『人生処方詩集 (ちくま文庫)』(筑摩書房

谷川俊太郎編『辻征夫詩集 (岩波文庫)』(岩波書店

 

アンソロジーは、いいね、拾い読みに適している。

『冬の本』は、ひとつひとつの短さと、味わい深さで、

抜群の一冊と言えよう。逆に言えば、『冬の本』の楽しみ方として、

「寝る前に拾い読みをする」というのは、上位にランクインするかも。

善行さんのこのエッセイの力の抜け具合と、本の軽さは、

やはり寝床で寝転んで読むのに、ふさわしい。

 

詩集もまた、拾い読みしやすい「ジャンル」として、

間違いが少ない気がする。短歌だと、かえって短すぎて、

次々に読み進んで目がさえてしまう気もする。分からないけど。

『人生処方詩集』は、例の、「こういうときにこれを読め」ってやつで、

「眠れない時」みたいな処方せんがあるから、まずはそれを読むといい。

「スリッパで歩けばいいものを」みたいなやつね。知ってるでしょ?

 

辻征夫の詩集も、なんか、優しくていい。神経が休まる感じ。

長田弘の詩集、エッセイも、きっと、いい。『深呼吸の必要』とか。

 

 

継続的に考察して、論文にでもまとめますか?

まとめねーよ。酒の肴くらいがちょうどよかろう。

あぁ、また北村さんとか小沢さんとかと、本の話しながら、

ダラダラとぜいたくな時間を過ごしてみたい。

 

今日のことを記す、記事。

霧中の読書

 

 

こないだ1003を訪れた日の記事を書こうと思ったのだが、

あんがい、ワクワクする感じが起こってこなくて、パラパラ、

荒川洋治とかめくったりして過ごしながら、ふと、

今日の記事を書くのもいいかもしれない、と、

今、こうして書き始めている。

 

今日は、仕事は休みだ。

 

子どもたちは今、向こうで、

さっき私が昼寝したままの布団のうえでそれぞれ、

本を読んでいるのか。

 

下の子は、シールを貼っているような動き。

 

さっきまで微妙なこぜりあいをしていて、

ひとりっ子の僕は、そういう兄弟間のいざこざ、

というか、小さなこぜりあいの経験が無いからか、

すぐに間に割って入って表面上の仲良しこよしを体現させたくなる。

 

なかば面倒くさく、なかば『放っておいた方がむしろいい』という思いで、

たいがいはそのまんまにしておくのだが、下の子がめそめそすると、

とりあえず近くに呼んで、甘いものを口に押し込んだりする。

たいていは、同時に上の子も悲しい気持ちになっているので、

時間をかけて、近くに呼んで、こちらの口にも甘いもの。

 

腹いっぱい、胸いっぱい。

 

はがきを、2枚ほど書いた。

小沢さんと、長谷川さんに。

どちらにも、1003訪問のことを記す。

このあと、ポストに投函する。

 

ポストに投函するときに、1枚でなく、

2枚、3枚と入れるのがなんか、「得」な気がして、

誰かにはがきを書き終えると、「もう1枚、書こう」

とか思ってしまう。でも、たいがい、自分の感傷の、

吐き出す行為に過ぎないのです。おつきあい、ありがとう。

 

休みのとも。

荒川洋治霧中の読書』(みすず書房

 

阿久津隆さんの、メルマガ*1を購読している。

毎週土曜に届く。一時期、読めなくなっていたが、

数か月前に「決心」して、配信日か、遅くとも翌日には、

読み終えるようになっている。

 

コロナ時代の伴走者として、阿久津さんの「呻吟」が、

しみる。数日前、数週間前の記述、というのも、嬉しい。

悪戦苦闘する阿久津さんの日常の思考に、励まされる。

自分の四苦八苦も、なにか、共闘しているような錯覚。

 

外は、すっかり暗くなった。

今日は、寒かった。明日も、

お休みいただいている。

 

すっきりと不安の晴れない胸のうち。

まぁ、それも、仕方あるまい。

そういう、傾向なのだ。

 

曇天は、好きなもののひとつだ。

胸の曇りも、愛すればいい。