嘘と花を贈る

観なかった映画


なんとなく行きの電車で本を読めなかった。気が散った。
パフォーマンスメモやケータイやらを次々取り替えては、
いたずらに時間ばかり過ぎていった。


本でもなんでも集中すればまだそれなりに時間はあったはずだが、
安物買いの銭失い的な、細かく刻まれた気持ちは、
どこにも行き場がないまま、西へ西へと移動した。


読む気はある日失われる。
買った熱量は日々損なわれる。
ご用心あれ。


ここ何年か、印刷し過ぎた家族写真ハガキをもて余す。
まだねばって、出すタイミングをうかがっている。
こないだ昔の友人から子ども誕生の知らせあり。
絶好の、送る機会到来だ。


退勤後、リハまでの時間をどう過ごすか。
一緒に芝居をしていた彼にことばをおくる。
最後に日付を入れて、ギャフンとなる。
書いてきたことばがすべて、
嘘に見えてくる。


小道具に、バラを一輪買ってからリハへ向かう。
赤い色を見ていると、なんだかトキメキに似た気持ち。
子どもの頃、いや、30近くになるまで、売っている花というものに、
あまり魅力を感じていなかった気がする。至近距離で、
目が合ったようなバラの存在感にハッとする。
花をおくる、ということの、恐ろしさ。


ハガキには、彼に向けて今日の芝居を演じよう、
などと気取ったことを書きつけたのであるが、
そんなことはすっかり忘れて、台詞も忘れて、
ぐだぐだになってリハを終えて夜の御堂筋へ、
飛び出した。そして思い出した。はからずも、
ハガキに書いたことばは嘘になってしまった。
投函していないハガキが鞄の中で震えている。


エイプリルフールの恐ろしさ。


予算は組んでいないけど、肌感覚として、
もうしばらく本を買ってはいけないレベルの財政状況、
それでも、ひとり気安く食事をとれるのは馴染みの店よ、
と今週もスタンダードブックストア@心斎橋(地下のみ)へ。
来週提出しなければならない書類についてわずかに頭を悩まして、
すぐに耐えきれず、本棚の間へと身を投じる。


気になる新刊。(既刊もあるデヨ)
カート・ヴォネガット金原瑞人国のない男 (中公文庫)』(中央公論新社
藤井光、沼野充義阿部公彦管啓次郎谷崎由依、笠間直穂子、西崎憲、渋谷哲也阿部賢一、宮下遼、斎藤真理子、温又柔、小林エリカ戌井昭人文芸翻訳入門 言葉を紡ぎ直す人たち、世界を紡ぎ直す言葉たち(Next Creator Book)』(フィルムアート社)
大坊勝次、田中勝幸、國友栄一、濱田大介、松島大介、加藤健宏、numabooks、小島賢治『コーヒーの人』(フィルムアート社)
藤森二郎、渡辺陸、池田さよみ、杉窪章匡、伊原靖友『パンの人 仕事と人生』(フィルムアート社)
藤井青銅幸せな裏方』(新潮社)
桐野夏生夜の谷を行く』(文藝春秋
長嶋有観なかった映画』(文藝春秋
野村雅昭落語の言語学 (講談社学術文庫)』(講談社


『観なかった映画』、読んでいない本の話を聞きたい身としては、
気になるタイトル。長嶋有ブルボン小林の競演も楽しみ。


帰りの電車でも、本が読めなかった。
帰宅してから、書類仕事のつづき。