カーヴァーをもとめて(問いの行方)

 

昨日のtoi books さんからもらった「問い」の、

その先を求めて「まち」へさまよい出た、午後。

 

お昼ご飯は、駅前のパン屋。

コロナ後は自粛していた。

友人にメールを送る。

 

例の、「問い」について。

アメリカ文学、短編小説、見つからないカーヴァーについて。

 

コーヒーのとも。

片岡義男豆大福と珈琲 (朝日文庫)』(朝日新聞出版)

 

「この珈琲は小説になるか」を読んだ。

良かった。にしおぎは、カタカナで書くとシオノギ感が出ちゃうな。

まぜっかえしてしまった。実に、良かった。

 

カーヴァーを求めて、古本屋をはしご。

見つからず。それぞれ、違う新書を買うなど。

 

購入。フジケイ堂もちいどの店。

堀淳一『エントロピーとは何か―「でたらめ」の効用 (1979年) (ブルーバックス)』(講談社

 

章扉、と言わないのか、それぞれの章の冒頭に載っているイラストが、

真鍋博っぽいのだけれど、一生懸命探しても、本の中で「真鍋博」という

記述を見つけられなかった。違うのかなー。買ってしまった。

 

購入。十月書林。

杉山尚子行動分析学入門 ――ヒトの行動の思いがけない理由 (集英社新書)』(集英社

 

カーヴァー欲しさに、久しぶりに十月さんの店内に入った。

なんとなく、入りにくいんだなぁ。智林堂さんは、閉まってた。

そして、朝倉文庫さんは、もう看板も無かった。半月ほど前に気づいた。

ここでは、言及してなかったね。ネットをあされば、事情は分かるのか。

 

トイレットペーパーなどを買い、家路に。

諦めきれず大学堂も覗くが、カーヴァーは無し。

豊住さんも覗いた。あった。あったぞ?

 

購入。豊住書店。

レイモンド・カーヴァー村上春樹Carver's dozen―レイモンド・カーヴァー傑作選 (中公文庫)』(中央公論新社

 

帰ってきて、この記事を書いている。

ここまで書いてきて、このままではカーヴァーを読まずに、

また何十年と生きていかなくてはならなくなるな、という予感がした。

 

新元良一の言っていた、「大聖堂」を読んだ。

まったく、これは。