夏の終わりのハーモニカ

プリンセスのロイヤルペット絵本 ラプンツェルと こねこの サマー (ディズニーゴールド絵本)


前の日に用意した荷物に加えて、その場で、
あれもこれもと、抱え込む。はっきり言って、
不安でいっぱいなのだ。不安になると、
なにかにすがりたくなる。本とか、
石とか。長谷川さんがくれた、
小石。ポケットに入れた。


こっそりと出ていくつもりが、妻も子も、
起きている、娘に「がんばってね」と言われて、
「おう」なんて言いながら、不安いっぱい、でも、
娘に「がんばってね」と言われると、今、感じている不安の、
不安としての輪郭があやふやになっていくようにも思える。


玄関先にゆうべ出しておいた「鉄なべ」を、つかんで、
家を出た。この「鉄なべ」は、昔、マルセイユだかどこかの蚤の市で、
投げ銭をもらうのにちょうどいい、と、芝居仲間と一緒に買ったもので、
路上演劇のあちらこちらを共に回った「戦友」なのだった。
ほんとうに、こんなものにまですがるなんて、
よくよく、不安が大きいとみえる。


これに乗れたらな、という電車には、ちょっと間に合いそうにない。
この「鉄なべ」が、意外と邪魔だ。鍛えた小走りを封印して、
歩いて駅を目指す。京都行き特急、サンドイッチを食べて、
ガラケーをいじりながら、不安とたたかう。いや、
もうそんなこと言ってちゃだめだろ、ダメダメ。


長谷川さんは、おそらく、ぼくの「生態」を面白がってくれたのだろうと思う。
だから、長谷川書店という、ぼくにはぜいたく過ぎる鳥かごを用意して、呼んでくれたのだ。
あれこれと意図して準備してはしゃいでもがいて青ざめて、観念して、たださえずり始めたときにようやく、
ナニかがあらわれるのかもしれない。もう少し、もがいておこう。


車窓から見える空は、晴れあがっている。
そういえば、何日か前、長谷川さんからお天気どうなるかね、
っていうメッセージがあった。お天気のことなんか、
考える余裕なかった。ありがたい。晴れたよ。


「鉄なべ」だけでは足りず、
その時の仲間にメールをしてしまう。
懐かしい名前が書かれた返信に、勇気をもらった。


島本駅に降りたつ。長い階段を降りて、陽の光の下へ出る。
駅前の公園は、案外、人がいて、ベンチはすべて埋まっていた。
どこかで台詞が言えそうなところはないかな、と歩いてみて、
ホームが見えるほう、公園の裏手のところへとたどり着いた。
なべやウララトートを置いて、台本を手に声を出してみる。
電車が通れば、ぼくの声などかき消されてしまうほどなのに、
あまり大きな声を出せずにいる。とりあえず、気になるとこ、
何度か喉を通しておいた、くらいの。すぐに、時間がくる。


ローソンで、今日の「プログラム」的なものをコピーする。
はせしょに向かって、歩き出す。ようやく、何かに向かっていくような、
前向きな気持ちが立ち上がりつつあった。その調子、その調子だ。


長谷川書店のシャッターは、半分開いていたが、
自動ドアに手をかけても、開かない。長谷川さんにDMを送って、
鉄なべを裏返して腰をおろした。あっちに、水無瀬の改札。
左手にバスロータリー。けっこう、人通りがある。
ロスタイム。ちらっと台本を見たりする。


長谷川さんに電話してみるか、とガラクタケータイをいじるも、
電話帳に記載がない。こないだの打ち合わせの時に、番号を聞いた。
ぼくがかけたのだったか、長谷川さんにかけてもらったのだったか。
だが、打ち合わせのあった8月12日の発着歴にも残っていない。
そうこうするうちDMで、長谷川さんから電話番号が送られてきた。


電話した。「もうすぐそこです」電話を切った。待った。
微笑みがこみあげてきた。長谷川さんが向こうに見えた。
おはようございます。


長谷川さんが連絡したのか、店の中から店長さんが顔を出した。
実はこれまで、一度もきちんとご挨拶をしたことがなかったので、
本番前にお話するタイミングがあるだろうか、つれなくされたらどうしようか、
などと心配していたのであったが、全くの杞憂であった。
店長さんのことを知っている人にしてみれば、
ぼくのこういう心配など、ほんとうに、
唖然とするほどの取りこし苦労だろう。
でも、まあ、芝居に対する不安もあってか、
必要以上に怯えていたところがあったのだろう。
もっと前から店長さんの人柄に触れていたならば、
もう少し、心強くこの日の朝を迎えられていたかもしれない。


なんて、あの長谷川稔さんの人柄に触れてなおビクビクと怯えるとりに、
処方する精神安定剤なぞ、存在するものかよ。稽古だけが、不安を取りのぞけるのだ。
分かり切ったことだ。


演目を書いためくりなどを用意したい、いや、今日の流れを確認しよう、
少しずつ、長谷川さんとぼくの間で、意識が加速し始める。だが、あれ、
もう10時になる。それは、開店の時間じゃないか。思いのほか、
時間がない。コンタクトレンズをはめ、小道具やら、挨拶文やら、
習字を書く準備やらをする。そうこうしているうちに店が開き、
準備をするぼくらの横をお客さんが店に入っていく。


うう、すいません、超じゃましてる。


それでも、なにか、道行くひとたちの顔を見ていると、
どんどん、楽しみになってゆく。小学生くらいの女の子が、
キャラぱふぇだかピチだかプチだかの問い合わせ。
店長さんと長谷川さんと、かわるがわる、
あれかこれかとブツの特定を試みる。


うー、燃えるシチュエーション!
しかし役に立たない雑誌担当、未熟!
結局、店長さんがネットで調べて、9月発売のものだったらしいことが判明。
その子は、その後も店の中をうろうろしていたので、学校はまだ始まらないのか、
などと訊ねてみる。9月からだそうだ。大阪市では、もう2学期が始まっている。
島本町には、まだ、夏が続いている。ハーモニカを吹いても、いいのだ。


長谷川さんに、「差し入れ」をいただいた。
葉ね文庫さんの表紙がかかっている。ぺらりとすると、タイトルは、
『一人芝居』、マジか!!思いがけない援軍に、闘志が燃え上がる。


いただいた。
金子喜代『一人芝居 (かもめ舎川柳新書)』(左右社)


モリグチさんがやってきた。とても嬉しい。
とほんさんの一周年を寿ぐ芝居をやったときも、*1
観に来てくれたっけ。「店内でやるんですか?」「ハイ」
というやり取りをして、モリグチさんははせしょに吸い込まれていった。
書店にいるべき人が、書店に入っていったな、と思った。


開演時間が、迫ってきていた。
自動ドアのすぐそばに置いたイスにすわって、
なんとなく、エンジンを温めたい気持ちになっていた。
手を伸ばして絵本を手に取った。


芝居のとも。
エイミー S・カースター、小宮山みのり『プリンセスのロイヤルペット絵本 ラプンツェルと こねこの サマー (ディズニーゴールド絵本)』(講談社


誰にともなく、読み聞かせ。
その内容が今の自分とリンクして、声に力がこもる。
おそらくひとり芝居を観に来てくれたであろう人もちらほら。
長谷川さんが、ちらっと、来る予定の人が来ていない、みたいなことを言ってて、
そういえば、自分のいた劇団でも、たいてい、定刻を過ぎて開演するのが常だったな、
と思い出し、主宰がしばしば口にしていた開演が遅れるおわびのことばを言ったりして、
少しずつ、少しずつ、リラックスしていった。んじゃ、店内でモリグチさんも待ってるだろうし、
そろそろ、始めようかな。立ち上がって、夏葉社、とか、中川社長、とか、
そんなことばを口にして、11:08ころ、自動ドアを通って、
「劇場としての長谷川書店」へ。


「台本」通り、店内案内図について、ことばにする。
「台本」には書かなかったけれど、ここでレジ内のスタッフに声をかけてもいいな、
という想定を追いかけて、店長さんに店内案内図について、質問してみる。
CDコーナーに触れ、お客さまの中の書店員を探し、芝居協力者を探し、
「台本」通り、海外文学のコーナーへと向かう。


そこに、年配の男性が棚を見ていた。
思いがけず近距離に現れた「お客さん」に、少なからず動揺した。
「いらっしゃいませー」と思わず、言ったか、言わなかったか。
自分に甘い、というだけのことかもしれない。けれども、
その男性からは、ぼくに対する「敵意」や「嫌悪感」は、
感じなかった。これが、これこそが営業中の本屋でするひとり芝居だ。
本の雑誌』に載っていた双葉社の単行本の話などもする。「台本」通りだ。


「フリータイム」、背表紙と闘う時間、楽しく、
好き勝手に、声を発する。お客さんとも、ことばを交わす。
さっきの男性にも、「進化した猿たち」の話を振ってみたりした。


購入する本の選定に苦戦したけれど、長谷川さんにも声をかけて助けてもらい、
無事、これという本を選ぶことができた。その場で「出会った本」ではなかったけど、
まぁ、上出来と言っていいでしょう。レジで店長に「これで1冊売れました」と言われ、ニヤリ。
本番前に、「1冊でも本が売れて貢献したい」と言っていたのだが、これをカウントされるとは。
この瞬間にも、改めて、店長さんの人柄、ユーモア、温かさに打ちのめされたのだった。


購入。長谷川書店水無瀬駅前店。
谷川俊太郎和田誠ワッハ ワッハハイのぼうけん: 谷川俊太郎童話集 (小学館文庫)』(小学館


いったん、店の外に出て、とりエプロンをつけて、
再び、店内へ。まるでもう、終わった風の空気が漂う通路を急ぎ、
絵本コーナー、あの、世田谷ピンポンズさんが歌っていた場所へ。


書店員を演じ、役者を演じ、書店員を演じる役者を演じ、
レイヤーを載せて、降りて、サングラスをかけて、
夏の終わりを思い、本を慈しみ、
ハーモニカをもてあそんで、
また、店の外へ出た。


みたび、今度は、読書の害について、
スナガワさんのお名前もお借りしながら、
喫茶ボンボンのメロディーもお借りしながら、
ひとり、はしゃいで、わめきたてた。


外に出て、よし、終わった、ネームバッチをはずしたかどうか、
もう一度、自動ドアを開けて店に飛び込み、「ありがとうございました、おしまいでーす」
と言って通路を歩きながら、何が終わったのだろう、店はまだ、営業しているのに。
芝居の始まる前からずっと、芝居が終わったあともそのまま、
長谷川書店は営業しているのだ。モリグチさんは、
その後もしばらく、本棚を見て回っていた。


観てくれたお客さんとことばを交わし、少し、
片づけもし、長谷川さんとモリグチさんと、ドムドムへ。
ずっと、しゃべっていた。モリグチさんが仕事へと向かった後も、
新たに話し相手を迎え、ずっとずっと、しゃべっていた。


15時の回も同じように、外での絵本の「読み聞かせ」から始めた。
午前中に、絵本を手に取ったのは気まぐれだった。午後のは、
その後ろ姿を追いかけての、しかもあろうことか、2冊読み。
友人も現れた。妻子も現れた。店内に向かうと、ちょうど、
誰かが自動ドアを開けたところで、その開かれたドアの先に、
『POPEYE』の9月号が待っていた。2歳児が、
足元にまとわりついてきた。抱き上げて振り返ると、
店の外からこちらを見ている女性と目が合った。
少しずつ、午前中の回とのずれを感じていた。
当然、起こりうる不可避のずれに対してしかし、
弱い心はひび割れていった。2歳児は重たくなっていった。
思いがけず、ずっと抱っこしていた。CDコーナーには触れた。
詩集の話もした。ドムドムで話題に出た大岡信のことを思い出した。
そのあたりで、「台本」が力尽き、筋書きのないドラマが始まった。


購入。長谷川書店水無瀬駅前店。
フィリス・クラジラフスキー、バーバラ・クーニー、光吉夏弥『おさらをあらわなかったおじさん (岩波の子どもの本)』(岩波書店


今度は、「出会えた」、知らない本だった。
2歳児にしがみつかれ、妻子の視線も浴びながら、ほとんど素のままの自分で、
世田谷ピンポンズさんの歌声に励まされながらお皿を洗った夜の時間が報われる、
素晴らしい出会いに恵まれた買い物だと、今ならはっきりと言える。


店を出て、とりエプロンを装着して、店に戻る。
書店員を演じ、役者を演じ、書店員を演じる役者を演じ、
レイヤーを載せて、降りて、迷子になった。


6歳児に問う。父は、何をなすべきか。
童、答えて曰く、「サングラスをかけよ」
わたしは、サングラスをかけた。そして、
完全に我を見失った。自らこしらえた台本の、
入れ子構造に足をとられ、夏を惜しまず、
本を振り返らず、ハーモニカを手にして、
店の外に出た。「岩田」の名札は、
ポケットに入っていなかった。


戻ってきて、ハガキを売ろうと試みた。
もちろん、ハガキは売れなかった。
「台本」通りだ。石の魅力を、
口にした。「台本」通りだ。


さて、この記事の中で、「台本」ということばは、
何度出てきたでしょうか。いやいや、数えなくっていいですよ。
台本の中で、虚実ないまぜに時間を泳いでいこうという企みは、
現実には、虚構に復讐された役者の溺れる姿を生々しくさらすことになった。


その悶絶する「生態」を面白がる長谷川さんの手のひらは、
温かかった。その上で転がっているときは、必死でしたけども。


そうして、長谷川さんの手のひらの上で転がったまま、
呆然と、妻子とことばを交わし、だらだらと荷物をまとめ、
お客さんと挨拶をし、ハガキを押しつけ、いただいた差し入れを妻に預け、
かろうじて、持ってきた荷物をなくさぬようにだけ気をつけて、
打ち上げでまたしゃべり続け、「鉄なべ」を抱えて、
夜の島本駅へと歩いた。


駅に着くころ長谷川さんが、「よかった」と言ってくれた。
お店を出てから、なんとなく、ことばにならない思いを抱えて、
ようやくたどり着いた「よかった」は、実にしみた。


自分の、口数の多さ、ことばの軽さがつらい、
人それぞれ、とは思えども、ああいうしみることばに触れると、
これまで自分が口にしたことばを全て回収して燃やしてしまいたくなる。


嘘、ではない。うそではないはずだが、軽い。
だが、自分の発したことばにつかまらずには、向こう岸を目指せないおとこなのだ。
泳げないおとこなのだ。泳げないくせに、向こう岸のあなたに会いたくて、
かましくも軽々しいことばを発して、それを頼りに、
水へ入ってしまうのだ。


確信が持てなくても、ことばを発して、放たれたことばの軌跡をたどりながら、
また次のことばをつむぎだして、その連なりの点描で想いを表す画風。


と言えば、なんとなくそれっぽく聞こえますか。


本が好きです。
本屋さんが好きです。


長谷川書店が好きです。
長谷川稔さんが好きです。


ご来場、ご声援、ありがとうございました。
長谷川書店のみなさん、水無瀬のみなさん、ありがとうございました。


次はまた、世田谷ピンポンズさんのライブの日にうかがいます。


「夏の終わりのハーモニカ  とり、いきなりはせしょでひとり芝居」
日時:8月27日(日)11時、15時
場所:長谷川書店水無瀬駅前店(大阪府三島郡島本町水無瀬1-708-8)
料金:無料

*1:いい湯、さながら(幸福のかたち):http://d.hatena.ne.jp/tori810/20150228