コーヒーもう一杯、ハガキをもう一枚

子どもを保育園へ。
今日こそは水無瀬へ行きたい、と思いつつ、
押入れに入れるべき布団の上に身を投げ出し、
「すばらしい休日」も放りだしてしまった。


どれくらい眠ってしまったろうか、
ガラケーで確認したむつみん先輩の洗濯二回めツイに目が覚めて、
自己嫌悪を引きずりながら、一回め(一回のみ)の洗濯に向かう。
一度動き出せばその勢いを借りて、掃除機をかけたり皿洗いもできる。
一度、動き出しさえすれば。11月の、いくつかの記事も投稿。
QTClip も、もう一度、インストールしてみたり。


休みのとも。
恒川光太郎竜が最後に帰る場所 (講談社文庫)』(講談社


「風を放つ」良かった。こういう読みながら緊張する感覚は、
ひさしぶりだ。はさんであった蔦谷書店の栞には、
「本におかえりなさいませ。」とある。


今日は、水無瀬に行けなかったから、
代わりに水無瀬へハガキを書こうと思う。
商店街の古本屋を次々と通りすぎて、
ボリクコーヒーさんへと。


まずは、三鷹へ。続いて水無瀬へと、
ハガキを書いた。注文したケーキとコーヒーは、
もうない。テーブルには、緑の魅惑的な本がある。
コーヒーもう一杯、という声が聞こえた。


人生初の、「コーヒーもう一杯」(←有料のもう一杯が初めて)を。
世田谷ピンポンズと、片岡義男に励まされて。


コーヒーのとも。
堀部篤史90年代のこと―僕の修業時代』(夏葉社)


p.8の、「長いモラトリアム期間」を振り返るさっくりした文章を読んで、
穏やかな気持ちではいられなかった。私立中入学から大学卒業までの10年間、
なるほど、長い。しかし恐ろしいのはボクのそれが、まだ続いていると、
なぜか確信されたことだ。


ときどき冗談めかして、TLにも放り出していたあの、
「モラトリアム期間終わってないんじゃないか疑惑」が、
このタイミングで、立証されてしまった気がする。


あらたな物証が提出されたわけではないが、
堀部さんの文章を読んで、思わず自白してしまった形だ。


もう一杯に甘えて、ずいぶんとのんびりしてしまった。
後ろめたい気持ちを振り切るように、早足で家に向かう。
途中、買い物を忘れていたことに気づき、ドラッグストアで、
洗剤などを買った。ベニヤさんで買おうと思った本は、
またいつか。「またいつか」と言ってると、
買えなくなるぞ、という声も聞こえたが、
それならそれでいいのだ、と反論する。